アイルトン・セナ 没後20年

アイルトン・セナがイモラのタンブレロに消えてから今日で20年。
時が経つのが早いことを実感させられます。
サンマリノGP本戦の放送中に突然画面が変わり、
今宮さん、川井さん、三宅さんの3人が並んで
セナの死を告げた場面は今でも覚えています。
後にドキュメンタリー映画アイルトン・セナ~音速の彼方へ
にも収録された有名な場面です。
当時はインターネットもなく、
テレビで知らされる以上の情報を入手する手段はありませんでしたが、
関係者は口を開くことを一切禁止されているようですので、
事故の瞬間何が起こったのかは今後も知ることはできないでしょう。

忘れてはならないのがセナの前日に予選中に亡くなった
ローランド・ラッツェンバーガーです。
翌モナコGPではポールにセナの、
2番手位置にラッツェンバーガーの名前が刻まれていました。
ラッツェンバーガーはマシンにダメージを負ったにも関わらず予選走行を続け、
フロントウィングが脱落してコントロールを失い
コンクリートウォールに激突したようです。

恐ろしいのは最近でも似たような事故が起こっているということです。
やはりマシンが壊れているときに強制的にピットインさせるようなことを
レースコントロールがすべきと感じます。
またここ10年ぐらいはドライバーに大きなダメージがなかったのが
ただ運良かっただけのような事故も特定のドライバーが起こしていますし、
ブロックというより幅寄せみたいな行為も見られます。
マシンが丈夫になったのをいいことに無茶しすぎているようにも思えます。
今シーズンでもハミルトンの斜め走行はフェアと言っていいのか疑問です。
もちろん彼らはレースをしている訳で、
プロドライバーではない私はそれを判断できる立場にはないのですが。
とにかく無茶をしたもの勝ちみたいな風潮はなんとかしてほしいです。

話を戻しますが、私の中でのセナのベストレースは
1993年の雨のドニントン・パークです。
ホンダエンジンを失い非力なマクラーレン・フォードを駆るセナは、
4台をオーバーテイクしオープニングラップを取るとそのまま優勝。
1周目の走りには度肝を抜かれました。
その他にも、レース終盤タイヤ交換したマンセルを押さえて勝った92年のモナコや、
6速ギアホールドで戦い母国GP初優勝となった91年ブラジルなど、
神懸かり的なエピソードはいくらもあります。

セナが亡くなった翌年、日本でも全国各地でセナ展が開催されました。
幸運なことに当時私の住んでいた都市でもあったので2回ほど行きました。
ヘルメットなどレース関係の品はもちろんのこと、
生前に愛用していた時計だとかの展示がありました。
時計はもちろんスポンサーのタグホイヤーで、
私がタグホイヤーを愛用するのに少なからず影響しています。
このときいろいろグッズを買って、
さすがにセニーニャのトレーナーはもう捨てましたが、
Nacionalの青いキャップはまだどこかにあるはずです。
って、どこにしまったかわからないorz